【ジレンマを】アドボカシーとは?【ふっとばせ!】

専門職向け

皆さんこんにちは!

皆さんはお仕事するときに、ジレンマに陥ることはありますか?僕はクライエントの利益と所属組織が利害対立おこしてジレンマに落ちいるときがあります。

しかし、この辺の概念を「アドボカシー」としてしっかりと意識することで、相談対応のジレンマの解消に役立つことがありました。

そこで、今日は「アドボカシー」について、僕なりに皆さんにお伝えしたいと思います!

「アドボカシー」とは「当事者の人権に配慮し、その権利を擁護する視点を尊重すること」です。

アドボカシーとは「葛藤を最低減に抑えて問題解決を図ること」ことが本来の意味です。

ソーシャルワークでは当事者の人権に配慮し、その権利を擁護する視点を尊重することを指します。

つまり、クライエントのニーズを満たすはずの社会資源が機能を発揮しない場合に、そのクライエントのために機能するように働きかけることであると考えられます。

クライエントの利益を優先するとジレンマに陥る日本のソーシャルワーカー

わが国では1990年代以降、社会福祉基礎構造改革や福祉サービス利用者への権利侵害事件の顕在化などを契機に、ソーシャルワークにおけるアドボカシーへの関心の高まりがみられてきました。

ソーシャルワーカーはしばしば、ソーシャルワークにおけるクライエントの利益と自分が所属する組織の利益が対立することに悩んできました。

クライエントにより良い支援を提供しようとするとお金や時間や手間がかかって、組織が損をするという感じですね!

このような場合に、ソーシャルワーカーはどちらを優先させるかジレンマに陥ります。

わが国のソーシャルワーカーの多くは、なんらかの組織に所属することが多いと思います。

組織(あるいは経営者)の意向を無視してクライエントの利益を優先させるという行為は、それが専門的な知見からも、あるいは道義的に正当化される行為であったとしても、自らの職を失うことにつながってしまいかねないのです。

そのためソーシャルワーカーはジレンマに気づいたとしても適切な対応が取れずアドボカシーに反する支援を行わざるを得ないことになります。

ソーシャルワーカーはそのようなジレンマを抱えながら、目の前の現実に向き合っていると言えますね!

セルフアドボカシーのできないクライエントの支援では、よりジレンマが深くなりがちです

特に児童虐待等の支援においては子どものアドボカシーを強く意識する必要があると考えられます。

子ども家庭福祉の現場において、児童相談所の一時保護や措置に対して親は争う手段を持ちますがが、子どもにとってその手段はほとんどない状態です。

子ども自身もしくはその声を代弁しようとする関係機関の意見が適切に反映されずに危険に陥っている事例も少なからず存在するなど「子どもの権利」とは周囲の影響を受けやすいものであると言えます。

参考「子どもの権利条約」

そもそも、子どもの権利とは「子どもの権利条約」に遡ります。 ‘48年に世界人権宣言が採択されて以来、さまざまな人権文書が採択されてきました。

そのなかで、すべての人に保障されるべき人権を文字通りすべての人に保障するために、特に弱い立場に置かれている人に焦点をあてた文書を作っていこうという動きがあり、これまで差別されてきた子どもたちを解放しようという流れができました。

もう一つは、子どもが大人とは本質的に違うニーズを有していることから、その点に注意を払って子どもに特別な保護を提供しようという流れも存在しました、。

このふたつの流れが合流して生まれたのが、子どもの権利条約です。

前者の考えから、子どものいわゆる市民的権利、自由、つまり表現の自由や集会・結社の自由というものを子どもにも保障しようという条項があります。

一 方、後者の考えからは、虐待や搾取など、権利を侵害されやすい立場に置かれている子どもたちに特別な保護を提供しなければならないという規定が置かれました。

子どもの権利条約には大きく分けてこうしたふたつの側面があると言えます。

「子どもの権利」とは前述した周囲の影響、子どもが大人とは本質的に違うニーズを有していることから、一番大切なのは、「対話」であると考えられています。

それはソーシャルワーカーとして意識すべき子ども権利擁護の視点には「アドボカシー」が必要であり、それは対話により確認され、代弁することにより周囲の影響を受けやすい子どもの権利を守ることにつながるためです。

たださえ大変なのに、ジレンマがさらに大変にします。

私はソーシャルワーカーの第一義的責任は所属組織に従うことではなくクライエントの利益に対して負うものであると考えます。

しかしながら、児童、知的障害者、精神障害者等適切な意思表明が行いにくく、自己決定支援を必要とするような特に、権利侵害が起きやすいクライエントへの支援では、そもそもクライエントに「対話」する機会さえ与えられず周囲の意向が優先され「意思決定支援」が不足しがちです。

こうして、誰もが「本当の意思を確認ができない、していない」という問題が発生します。

そのために重大な権利侵害である、児童虐待、障害者施設での虐待、金銭搾取、死亡事件などが起こっており、枚挙に暇がありません。

そして、このような重大な権利侵害に対してソーシャルワーカーは「ジレンマ」を抱えつつ対応することが困難性をより高めていると言えるのではないでしょうか。

クライエントを優先するためには組織内調整をが必要

このようにソーシャルワーカーがクライエントの利益を優先しようとすると、所属組織と利害対立が起こることがあり、あまりにもそれが乖離すると職を辞することに繋がり支援を継続することさえできないことになります。

これはソーシャルワーカーの専門性や存在意義に関わる問題で、どこかの組織に所属するソーシャルワーカーにとっては誰もが感じることではないでしょうか。

この、多くのソーシャルワーカーが抱えているであろうジレンマを解消するためには、組織に対して「対話」を基本とした、高い対人援助技術やアセスメント力、論理的思考力などを駆使して組織に対してソーシャルワークを展開する必要があるじゃないかなっと思ってきています。

クライエントの利益優先オンリーでは暴走します

散々、クライエントの利益を優先しましょうと書いてきましたが、それ一辺倒でも良くないことが起こります。

クライエントの利益に拘り過ぎることで、逆にクライエントの自立を阻害したり、クライエントの意思の尊重がおろそかになることがあります。

相談支援等ケースワークを展開していくと知らぬ間に支援者に視野狭窄が起きやすくなります。例えば、なるべく良い支援をしようと支援者が奮闘していると他の支援者との歩調が乱れたり、法令順守、倫理や社会的責任などに反してしまうことがあります。

そのようなときには、所属組織や組織の中の自分というポジショニングを確認することで状況を俯瞰し客観的な判断に立ち戻ることができると思います。

つまり、クライエントの利益と組織的な対応はうまく調整を行うことで、よりバランスの良い支援になるということです。

最後に

いかがだったでしょうか?なんだか、結論が精神論っぽくなって具体的ではないのはすいません。私自身もこんな感じのことに日々悩んでいて、「組織に対してソーシャルワーク」なんて偉そうなことを言っていても、何もできていないのが実情です。何か良いアイデアあれば教えてください。お願いします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました