なぜ重層的支援体制整備事業はうまくいかないの?

地域福祉

「包括的支援体制」や「重層的支援体制整備事業」。 漢字ばかりで難しそうですが、要は「どんな悩みでも、どこの窓口でも、丸ごと助けますよ!」という国が進めている新しい福祉の仕組みのことです。

でも、ニュースや現場の声を聞くと、どうも「うまくいっていない」という話が少なくありません。 なぜ、理想的なはずの仕組みが現場で「お荷物」になってしまっているのか? 福祉の専門家たちの研究をヒントに、その「失敗のメカニズム」をわかりやすく解き明かしてみます。


なぜうまくいかないの?

1. 「丸ごと助ける」はずが「丸投げ」に?

一番の問題は、「多機関協働」が「押し付け合い」の場になっていることです。

例えば「介護が必要な高齢の親と、ひきこもりの40代の子」という世帯。

  • 高齢福祉担当:「子の問題があるから、まずは障害か就労担当がやってよ」

  • 障害・就労担当:「親の介護が落ち着かないと、子の支援は無理でしょ」

こんな風に、各専門家が「自分の専門外」を理由に一歩引いてしまう現象が起きています(川島ゆり子教授はこれを「専門性の罠」と呼んでいます)。

結果、行き場を失った困難なケースが、新しくできた「重層的支援の担当部署」にドサッと丸投げ(ダンプアップ)されてしまうのです。


2. 「入り口」はあるのに「出口」がない!

せっかく「どんな悩みも断りません」と窓口(入り口)を広げても、相談した後にその人が行く場所(出口)がなければ意味がありません。

  • 話は聞いてくれるけど、通える場所がない。

  • やりたいことはあるけど、既存のサービスには当てはまらない。

これでは、相談員も「話を聞くだけ」になってしまい、無力感に襲われます。藤井博志教授が指摘するように、大切なのは**「地域の中に、その人がありのままでいられる居場所や出番を作ること」**。この「地域づくり」が置き去りにされたまま、窓口だけが作られているのが現状です。


3. 「解決」を急ぎすぎて自滅する

行政の仕事はどうしても「何件解決したか」という数字(KPI)を求めがちです。 でも、長年積み重なった家族の悩みは、数ヶ月でスッキリ解決するものではありません。

穂坂光彦教授らは、**「解決することよりも、問題をみんなで抱え続け、話し合い続ける場を維持すること」**に価値があると言っています。 「早く解決してクローズ(終了)させなきゃ!」という焦りが、現場にプレッシャーを与え、「面倒なケースは引き受けたくない」という拒絶反応を生んでいるのです。


4. これからの「重層的支援」を良くするヒント

このモヤモヤを突破するには、考え方を少し変える必要がありそうです。

  • 「役割分担」から「力合わせ」へ 「ここまでは私の仕事、そこからはあなたの仕事」と線を引くのではなく、「私の専門性を使って、あなたの困りごとをどう助けられるか」と歩み寄ること(原田正樹教授のいう「力合わせ」)。

  • 「波長合わせ」の時間を持つ いきなり支援プランを作る前に、「この家族にとっての幸せって何だろう?」という価値観を、部局を越えて共有する時間を持つこと。

  • 「助けられる人」を「助ける人」に 支援を受ける側だった人が、地域のちょっとした役に立つ。そんな「互酬性(ギブ・アンド・テイク)」が生まれるような出番をデザインすること(藤井教授の視点)。


まとめ

重層的支援がうまくいかないのは、スタッフの能力不足ではなく、**「制度という器を新しくしたのに、組織の動かし方が古いまま(縦割り)」**だからです。

大切なのは、特定の担当者に「丸投げ」するハブを作るのではなく、みんなが当事者として関わり続けられる「プラットフォーム」を作ること。 「解決できない悩み」を、みんなで笑ったり悩んだりしながら共有できる。そんな、ちょっと「ゆるい」つながりが、実は福祉の現場を一番強くするのかもしれません。

2. 成功自治体から学ぶ「逆転の発想」エピソード

うまくいっている自治体(大阪府豊中市や滋賀県野洲市など)では、課題を「個人の問題」ではなく「地域の余白」として捉え直しています。

「お節介」をシステム化した豊中市

豊中市では、コミュニティソーシャルワーク(CSW)を全校区に配置。すごいのは、彼らが相談を待つのではなく、**「ゴミ出しの様子がおかしい」「新聞が溜まっている」**といった地域のちょっとした異変を吸い上げる「仕組み」を作ったことです。

  • 成功の鍵: 専門職がデスクに座るのではなく、地域の居酒屋やサロンに顔を出し、住民と「顔の見える関係」を築いたこと。「困りごとの早期発見」が、後の多機関連携を楽にしています。

「税金の滞納」をSOSに変えた野洲市

滋賀県野洲市では、「市民部(税金)」と「福祉部」がガッチリ連携しています。税金の滞納があった際、単に差し押さえるのではなく、**「払えない背景に何か困りごとがあるのでは?」**と福祉部につなぎます。

  • 成功の鍵: 「縦割り打破」をスローガンに終わらせず、データの共有という具体的なアクションに落とし込んだこと。「制度の狭間」に落ちる前に手を差し伸べる、攻めの福祉です。


3. 現場の空気を変える「コミュニケーション術」

「丸投げ」を防ぎ、「力合わせ」を生み出すための具体的なテクニックです。

① 最初の5分で「限界」を共有する

支援会議の冒頭、かっこいい解決策を言うのではなく、「うちの機関ではここまでしかできません。正直、困っています」と、先に弱音(限界)を共有します。

  • 効果: 全員が「自分たちが動かなきゃ」という当事者意識を持つきっかけになります。

② 「問題」を擬人化する(外在化)

「あの困ったお父さんをどうするか」ではなく、「この家族にまとわりついている『孤立』というモンスターをどう追い出すか」という話し方をします。

  • 効果: 支援対象者を「問題児」扱いせず、支援者全員が同じ敵(課題)を向く「ワンチーム」になれます。

③ 「解決」より「現状維持」を褒める

複雑なケースでは、事態が悪化していないだけで「大成功」です。

  • 効果: 担当者に「解決しなきゃ」というプレッシャーから解放してもらうことで、燃え尽き(バーンアウト)を防ぎ、長期的な伴走が可能になります。


まとめ:重層的支援は「みんなで悩む」事業

重層的支援体制の本当の価値は、すごい特効薬を見つけることではなく、「誰も一人で悩まなくていい状態」を行政の中に作ることです。

専門職も、住民も、そして行政の各部局も。 みんなが少しずつ「自分にできること」を持ち寄り、できないことは「助けて」と言い合える。そんな「風通しの良い組織文化」こそが、最強の包括的支援体制なのかもしれません。


今回の記事の元ネタ(参考文献)

  • 原田正樹『地域共生社会への挑戦』

  • 川島ゆり子『多機関連携のソーシャルワーク』

  • 藤井博志『地域福祉の思想と実践』 など、日本の福祉を支える先生方の知見を参考にしました!

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